1. 三つのルール 2. 野外彫刻、三つの活用法 3. 三つの「ウェア」 4. 文化を育む三つの「C」 5. 三つの期待 6. 三つの懸念 7. 三人の地域リーダー 8. 優れた企業、三つの条件 10. 三種の神器と三上の訓 11. 三人のトラバーユ 12. 深夜の国際電話 13. 選択的市民のすすめ 14. 明快少年出現! 15. ふるさと人材育成事業報告 16. 魅力あるまちづくりとは? 17. アメリカの常識、日本の非常識 18. 女性のバス運転手 19. たかがチップ されどチップ 20. ボーダレス時代の新市長に望むこと |
「友人について」その550才を直前に控えて「20才過ぎまでは親がかり、その後の約20年間が自分と家族のための仕事人間で過ごしてきた。人生の3分の1にあたるこれから時間は、自分の思うように使いたい。」と言って国内有数企業の第一線ポストを辞した友人がいる。現在は、東京の湯島天神のそばの小さなマンションで奥さんと一緒に会社を経営しているが、「河野さん、何か面白いことないですかね。仕事が無いんですよ。」といつも笑いながら話している。とは言うものの、彼は自分の納得できる業務にしか関わらず、経済社会の行く末を案じながら活動している。“清貧”に甘んじている訳である。 「その人はどんな仕事をしているの?」と尋ねられると答えに窮してしまうのだが、彼は常に公平公正な経済社会づくりに関わろうとする姿勢を持ち続け、企業のマインドアップに携わっているように思える。勿論、地球環境をはじめとして福祉、文化問題にも周囲の人達に積極的な提案活動をするなど生活者にとっても同様の環境づくりに貢献している。 彼のスタンス・定位置は、基本的には、「コミュニケーションの形成」と「顧客満足度の向上」である。 何も後ろめたいものがない彼の言動は常にニュートラルであるから、周囲の人間や長く彼と付き合っている友人にとって、彼は教祖様のようなものである。「信者」は人生や仕事上で何か目に見えないことなどで困ったことが生じると「湯島の門」を叩く。そして彼から自分の動機の不純さ、問題点や状況把握の曖昧さ、手段の間違いなどを指摘されるが、何の反論もできないままに黙って「湯島の門」を出ていくのである。なぜ反論できないかといえば、彼のいうことが正論だからである。そして、「湯島の門」を出てしばらく歩きながら「そうだ、この点がいけないんだ。あの点をこう直すべきなんだ。」と自答しながら地下鉄の改札口を通過することとなる。 「信者」となっている人達に絶大な信望を得ている「湯島の教祖様」であるが、昨今話題に上がっている新興宗教と大きく違うのは「お布施」が皆無ということである。 彼とは、トーク・ウベ21の活動を縁に交友が生じたのであるが、大所高所からの文字通り幅広い見地からの忌憚の無い意見にはいつも考えさせられている。交友が始まって6年が過ぎようとしているが、彼の公平無私な意見はいつも私の物事の決定に大きな示唆を与えてくれると共に、構想作成に重要な指針となっている。 現在私が担当している業務の地域住民とのコミュニケーションの形成については、彼の意見に影響されている部分が大きい筈である。「筈である」と表現したのは今回特に意見を求めたのではなく、長い付き合いの中から、「彼ならば、こう言うだろうな。」とか「彼だったら、こんな手法を提案するのじゃないかな。」と思いながら進めているからである。 こんな風な友人関係も珍しいかもしれないが、私にとっては貴重な友人である。自分が彼と同じ年齢に近づきつつある今、我が行く末を考える際に冒頭の言葉を思い出すこともある昨今である。 1995/03/28 |
|