1. 三つのルール 2. 野外彫刻、三つの活用法 3. 三つの「ウェア」 4. 文化を育む三つの「C」 5. 三つの期待 6. 三つの懸念 7. 三人の地域リーダー 8. 優れた企業、三つの条件 10. 三種の神器と三上の訓 11. 三人のトラバーユ 12. 深夜の国際電話 13. 選択的市民のすすめ 14. 明快少年出現! 15. ふるさと人材育成事業報告 16. 魅力あるまちづくりとは? 17. アメリカの常識、日本の非常識 18. 女性のバス運転手 19. たかがチップ されどチップ 20. ボーダレス時代の新市長に望むこと |
年老いた隣人「もう、大根の種を蒔く時期ですよ」「ボチボチ、トマトに支柱を立てないといけませんよ。風が吹いて倒れますよ」「この作物はあまり水をやらないものです。やり過ぎると成育が悪くなりますよ」すでに両親が他界して、家の中に高齢者がいない私達には、生活経験の豊かな彼のアドバイスや叱咤激励が大変に有り難く、頼り強く感じられました。 また、二人の娘達が小さい頃、冬の日曜日、一日中、庭や林の中であれこれと作業をする彼の周りを離れません。そしていつも決まったように、掃除の後で柴や小枝を焚いている彼の両脇を鋏むように二人が座って、芋が焼けるのを今か今かと待っていた、そんな光景が昨日のように想いだされます。 彼の生活姿勢に私自身が見習うべきことが数多くあったように思えます。 まず農作物の育成から植木の植栽・剪定、家屋の修理など衣食住に関することは全て心得ていました。そして、どんな物でも簡単には捨てず、いろんな活用をします。ただノンビリとして時を過ごすことが出来ない人でした。いつも何かをしている、それが決して無駄なことではない。自然と共に生きている人でした。何かあると教えを請いに伺っていました。 私達が幼い頃、縄の編み方、竹蜻蛉の作り方、鋸や鉋の使い方などを問わず語りに教えてくれたのは近所のお年寄りだったように想います。彼から色々なことを見様見真似に習ったものでした。雨の日、遊び相手がいない時などはそのお年寄りの家に行って、キセルで吸っている煙草の煙を横から見ながら、何か面白い話をしてくれるのでは?と待ち構えていたものです。自分の両親よりもお年寄りから聞いた昔話の方が記憶に強く残っています。 しかし、いま私達はそのような環境で生活していません。 高校を卒業して東京の大学を卒業後、ふるさとの宇部に帰って来ましたが、今や全てパッケージングされた生活の中にあって、分刻み、秒刻みの中で生活しています。『自律的』と呼ぶには程遠い生活を繰り返しています。 私にも猫の額ほどの畑がありますが、この活用さえも手に余しています。(ご近所にご迷惑を掛けない程度に手入れはしていますが)畑は荒れ放題、畦道には雑草が生え放題というテイタラクです。時たま時間があって畑仕事をすると言っても、小さな耕耘機で用を足す程度で終わってしまいます。これでは土地は痩せていくばかりでしょう。もはや今の私(?)には自然の中で自律的な生活なぞ出来なくなっているのでしょうか。 20年近く私達一家がとても近しくお付き合いいただいた年老いた隣人が先月亡くなりました。 「彼が居なくなった今、周囲が荒れないようにこれからは私達が彼の行為を継承していかなくてはならない。」日曜日、久しぶりに庭の掃除の後で枯れ葉や枯れ枝を燃やしながら先日亡くなった年老いた友人が偲ばれました。 今週、一年ぶりに娘が帰ってきますが、彼女の幼い頃、一緒に遊んで可愛がって貰った彼の死をどのように話すのか、今考えています。 1993/12/12 |
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