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12/31 プロジェクトの目標金額が大幅に上回りました。
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田中一光さん私淑する田中一光さん(故人)が、二十数年前、私たち(デザイン協会の立上げに関わってた者)に、こう仰いました。「デザインは、時間的制約とか、商業主義的な厳しい現実はあると思いますが、低次元での現実は現実として受止めておいて、別に好きな仕事は手弁当ででもやっていかなくては、山口デザインの創造的な未来はないでしょう。このデザイン協会は夢を持ち、現実とはまた別の軸組で展開させていくことも大切です。日常の現実的レベルを少しずつ上げていくことだけが目的だと、どうしても会員たちは会から離れていってしまう。もっと視野を拡げて夢を作っていかなくては、会は容易に発展しません。」 (「やまぐちデザイン塾」講義録より抜粋) 先日、宇部で行われた「社団法人山口県デザイン協会」の会議を傍聴しながら、在りし日の田中一光さんの言葉を思い出しました。 1990年代に、「やまぐちデザイン塾」実施構想作り、「山口県デザイン協会」の設立、「海峡メツセ下関」のオープニング、そして「二井県政」がスタートした時の広報誌「ふれあい山口」の刷新・編集デザインや「しっかり聞いてシンボルマーク」の選定・制作など、新しい仕事を進める数々の場面でご指導をいただき、個人的にも可愛がっていただいたことを改めて想い出しました。 デザインに関して文字どおり“門外漢”だった私を本当にあたたかくご指導いただきました。 田中一光さんが10年まえに不慮の事故で亡くなられたことは、多くのクリエイター、チャレンジャーのみならず、日本のデザイン界にとっても大きな損失だったと思います。 写真はクリックで拡大します。 |
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